2019-05-30 第198回国会 参議院 農林水産委員会 第13号
○国務大臣(吉川貴盛君) 里見委員からお話をいただきましたように、第七十回全国植樹祭あいち二〇一九は、令和になりましてから天皇皇后両陛下の初めての地方行幸啓と聞いておりまして、大変光栄なことと感じているところでもございます。
○国務大臣(吉川貴盛君) 里見委員からお話をいただきましたように、第七十回全国植樹祭あいち二〇一九は、令和になりましてから天皇皇后両陛下の初めての地方行幸啓と聞いておりまして、大変光栄なことと感じているところでもございます。
令和になって初めて、そして、しかも天皇皇后両陛下として最初の行幸啓として御臨席をいただけるということで、愛知県でも格段の思いを込め、現在植樹祭成功に向けて準備を進めさせていただいております。吉川農林水産大臣にもお越しをいただけると伺っております。どうもありがとうございます。よろしくお願いいたします。
お代替わり後の秋篠宮皇嗣同妃両殿下には、現在、天皇皇后両陛下が毎年なさっている行幸啓のうち、国際生物学賞授賞式、記念茶会をお引き継ぎになります。
お尋ねの施設は宮内庁の施設ではございませんので、その存続につきましてはお答えすべき立場にはございませんが、御乗用列車等の御利用につきましては、利用可能な交通手段の中から行幸啓の御日程などを考慮しながら検討しているところでございますし、今後ともそのようにしてまいります。
天皇皇后両陛下の行幸啓もあった地でございますけれども、こういうようなことから、本当にパラオ国民にももっともっと知っていただきたい、そういったことで、ホストタウンというのは、これ非常にその情報発信というものを、受け入れる、受け入れるというか、ホストタウンになっている相手国に対してしっかりとした情報発信ができていけば、また日本とその国の友好関係というものがこういった取組で強まるのではないかというふうに思
明治維新になって、天皇陛下は東京に行幸したわけですね。行幸して一回帰ってきて、もう一度といって行ったときに、まあお住まいもここで、新しい政府ができたのでこちらでということで、住まわっちゃったわけです。だから、京都の皆さんからしてみると、一時的にお貸ししているだけだと、いつ頃帰ってくるんでしょうかという感覚もあるぐらいなんですよね。
そこには天皇陛下の行幸啓の地の碑もありまして、そこもリゾートホテルの一部となっている。また、何が問題かといいますと、日本の防衛機関の周辺地区が買い取られたということで、防衛に関する通信傍受のおそれなどが指摘されているところでございます。 対馬は現在大変疲弊しておりまして、経済的に韓国に依存しているという状況があります。
今上天皇は、戦中を旧日本帝国憲法下で皇太子として、戦後は人間宣言をして地方行幸を繰り返した昭和天皇とともに日本国憲法の下での新しい皇室での皇太子としての役割を務められ、昭和天皇崩御後、平成の時代を日本国憲法の国民統合の象徴としての象徴天皇を体現してこられました。
それにしても、森友学園のホームページなどに天皇陛下の行幸があった旨を掲載し続けていたにもかかわらず、籠池氏は知らなかったと証言したこと、驚きを禁じ得ないところでございます。私は、はっきり申し上げて、そのような籠池氏の言動の信頼性は甚だ低いことを改めて実感しております。
本園に御行幸をあったと、御幸があったという話を書いておられるじゃないですか。これ、どう説明するんですか。
第二に、公的行為としまして、認証官任命式、拝謁、午さん、晩さん、都内や地方への行幸、外国御訪問などがございます。第三に、その他の行為として、展覧会御覧、演奏会御鑑賞、御進講などがございます。 天皇陛下の御活動のなかった日につきましては、平成二十七年中、百四日ございました。
行幸啓等の際の御宿泊所として専ら用いられていました京都大宮御所も、耐震化工事が本年三月に完了したということでありますし、さらに京都への御滞在の環境も整ってきているというふうに理解をしています。 そういう意味で、今後とも引き続き数多く京都にお出ましになられるのではないかなというふうに思います。
さらに、平成二十四年、近代競馬百五十周年を迎えるに当たり東京競馬場で天皇皇后両陛下の行幸啓がなされるなど、改めて競馬の歴史の重さ、長さ、すてきさ、そういうのを感じているところです。
私、これは隠蔽ではないんですけれども、教育村的なことを最近感じたことがありまして、先週、実際の名前は言いませんが、ある東京の二十三区にある区に……(発言する者あり)板橋区ではないんですけれども、天皇皇后両陛下の防災教育の行幸啓がございまして、そこに同行させていただきました。そのときに、待機する場所があって、そこで待っていた。その待機した場所が、学校の、ある学年のクラスの教室だったんです。
京都大宮御所は、行幸啓等の際の御宿泊所として専ら用いられておりますけれども、耐震化工事が完了すれば、さらに、京都への御滞在の環境、そうしたものも整ってくるんだろうというふうに思っております。 私の立場で答えられるところはここまでかなというふうに思います。
いろいろ資料をいただいているので、全て読み上げはしませんけれども、高円宮妃殿下も含めて多くの皇族の皆様が、両陛下あるいは皇太子殿下、秋篠宮殿下同様に、被災地の訪問だけではなく、地方行幸啓を含め、大変多くの御公務をこなしていらっしゃるわけです。
今は震災関係のことを申し上げましたけれども、そのほかにも、宮中祭祀、あるいは、宮殿や御所における、いろいろな内外の方とお会いになったり、あるいは都市近郊の行幸啓、こういったものに非常に精力的にお取り組みでございます。 このような御状況で、天皇皇后両陛下も御高齢におなりになっているところでございます。
そうした中で、これは震災要因が大きいと思いますけれども、公的な地方行幸啓は、八府県から、二十三年で十二道県、二十四年で九府県。御進講については、五年前は三十回だったものが、震災の年には、震災を除いたもので五十四件、震災の関連でさらに三十三件と、大変大きくふえてございます。
現実には、国会開会式でのお言葉や外国訪問、被災地へのお見舞いや地方への行幸など、各種行事への御臨席まで現実にしておられます。そして、これらについては、一般的な解釈では、天皇の象徴性に基づく公的行為あるいは象徴行為と呼ばれて、国事行為でも私的行為でもないものと位置づけられているところでございます。
先生方御承知のように、現実には、天皇陛下は、国会開会式でのお言葉や外国訪問、被災地でのお見舞いや地方への行幸や各種行事への御臨席などをしておられます。そして、これらについては、一般的な運用解釈では、天皇の象徴性に基づく象徴行為とか公的行為などと呼ばれて、国事行為でも私的行為でもないと位置づけられているところでございます。
そのことが、たまたま四年前、敬老の日の天皇陛下の視察で、私どもの法人に行幸いただきまして、見ていただいたこともあります。 一次救急というのは割と光が当たっていませんが、非常に大事なところであり、そこが介護を担っていると思います。 最後に、今回の改正、また一次救急のことを含めて、お年寄りが安心して暮らせる社会をつくるために、大臣の意気込みをお聞かせいただきたいと思います。
韓国資本が対馬で大規模な土地買収を行っているとメディアでも報道されていますが、自衛隊基地の隣、平成二年、天皇皇后両陛下が行幸啓された際に建てられた記念碑のあるところまでもが買われています。近々視察に行くつもりですけれども、密入国が可能な場所も多いと聞きます。自衛隊員独身寮の両側も買われていたりするといいます。風光明媚な場所ではなく、不思議なところが外国資本に買われていく。
平成の御代になってから二十年、御即位されて二十年、天皇皇后両陛下は、四十七都道府県、日本全国をすべて行幸なさり、国民一人一人の幸せを願ってこられました。また、被災地域には、現地を訪ねられて励まされてこられました。国民と苦楽を共にすることをいつも願われてこられました。陛下御在位二十年、本当に喜ばしく、うれしいことでございます。
天皇陛下が地方に行幸になる、そのときにみんな小旗を振ったりしますよね、あるいは国旗を上げたりしますよね、これはまかりならぬと。 主権を失うということはそういうことなんですよ、象徴的に言いますと。 日本国憲法も教育基本法も、そういう中でつくられたということを私たちは改めて認識しなければいけない。だから悪いと言っているんじゃないですよ。そういう状況の中で、片方で検閲がありましたでしょう。